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愛はオカマを惜しみなく

西のオカマの戯言よ。

パンツを脱いだら

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 ゲイは下着にこだわるの。

 それがゲイ文化に染まった人間だけの感覚なのか、それとも、ゲイとして生まれ、ゲイとして生きるうちに、自然と身につく感覚なのかは分からないけど。その質感やデザイン、メーカーにまで、ゲイは下着に対して並々ならぬこだわりを見せるのよ。もちろん、すべてのゲイがそうではないけど。

  誰かに見せつけたところですぐに脱いでしまうのに、なぜそんなにも下着こだわるのかしら?細部まで美しくありたいという、女性が下着に見せるこだわりと同じなのかしら?
 上質な絹や綿を使い、美しいレース加工の施されたブラとショーツ。オカマの私が見ても美しいと思う。でも、派手すぎて上着にぼこぼことレースが浮き上がったり、かと思えば地味すぎて土偶のような様相になっていたり、上着と下着へのこだわりに、世の女性たちはいったいどこで折り合いをつけているのかしら。

 それはともかく、一介のゲイである私も、下着はそれなりに質の良いものを選んでいるわ。
 別に下着が好きなわけじゃないの。その昔、3枚1,000円のねずみ色をした下着を好んで買っていたときに、付き合うか付き合わないか微妙な関係だったイケメンゲイに、「ダサい」と指摘されたからなのよ。

 彼と初めて温泉旅行に行ったときのこと。
 男ふたりだけで家族風呂に入る時点で店員や周りの客はお察しだけど、当時の私には、そんなことは全く気にしない若さがあったわ。若ゲイの至りよね。
 でも、湯気と紅葉の煙る脱衣場でいざズボンを脱いだとき、彼が私に放った一言が今でも忘れられないの。

「その下着、ダメだね。全然ダメ。ダッサい。」

 今思えばお前は何様なんだと思えるけど、ゲイ業界の常識をほとんど知らなかった若き日の私には、気になる彼の前で素っ裸になることよりも、この下着を履いていることのほうが恥ずかしく思えたの。
 彼は極小サイズの、蛍光色のボクサーパンツを履いていたわ。

 その後も事あるごとに下着を小馬鹿にされたけど、ファッションに無頓着だった私には、いったいどんな下着を買えばいいのかまったく分からなかったの。
 誕生日にプレゼントしようかと言われたけど、彼の履いているような突飛なデザインの下着を渡されても、即ゴミ箱行きだと思って断ったわ。
 見知らぬオカマの股間に密着しながら擦り切れて捨てられる下着と、誰に履かれることもなくその生涯を終える下着なら、いったいどちらのほうが下着として幸せなのだろう、なんて考えながら。

 そうこうしているうちに、痺れを切らした彼が突然、「ゲイ御用達の下着屋に連れて行ってやるよ。好きなのを選んでいいよ。試着可だし、安心だろ。」と提案してきたの。
 試着を可とする店側のご配慮に涙が出そうだったけど、これ以上恥をかきたくなくて、渋々了承したわ。

 店全体が、フルーツパーラーのショーケースのようだったわ。
 鮮やかで、華やかで、時が水飴を模してゆっくりと流れた。気だるそうなレジの店員は、短髪に髭で明らかにゲイだったわ。
 夜のブロードウェイを濾しとってそのままあてがったような、見たこともない壮大なスケールの下着たちが、壁に並んでさげすむように私を見下ろしていたの。
 原宿を歩いてるピンクの髪の女が死に際に見る走馬灯って、きっとこんな感じなんだろうね。ねずみ色の下着を着けていた私には刺激が強過ぎて、とてもじゃないけど選びきれなかった。

「ごめん、ちょっと敷居が高いかも……。」

 丁重にお断りしたわ。
 宿った悪魔が今にも雷撃を放ちそうな、極小サイズの地獄をまとった私自身を 、誰よりも私が許せなかったの。

 時は経ち、ファッションにも年相応の興味を持った私は、下着にも多少のこだわりを持つようになったわ。
 着心地がよく、肌触りが良く、過度に性的でないもので、派手すぎず、地味すぎないものを選ぶ。
 当時の彼はいつもニューカレドニアの珊瑚礁と見紛うようなパンツを履いていたから、今なら「お前の方がダサい」と胸を張って言える。

 そういえば、彼は普通の綿のトランクスを見て、「ダサいけどノンケっぽくて興奮する」と言っていたから、ゲイにとっての下着というのは、何を着ているかじゃなくて、下着を通して何を見ているかなのだと思う。

 3枚1,000円のねずみ色をした下着たちも、今思えば、そんなに悪くはなかったのよ。
 未成熟で無垢だった私を映す彼の瞳が、薄汚れていただけだったのよ。