愛はオカマを惜しみなく

西のオカマの戯言よ。

喪服と嘘を脱いだとき

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  迷惑メールの山に埋もれて、一通の訃報が届いていた。
 キーボードを打つ乾いた音が、虫たちの声も届かない夜の天井に消えていく。
「このたびは誠に御愁傷様です。心からお悔やみ申し上げます……」

 彼女と最後に交わした言葉は何だったかしら。
 机を並べて、くだらない話で笑って過ごしたのは十数年も前のことよ。
 人の記憶は曖昧なもので、小さな八重歯が印象的だった屈託のないあの笑顔は、まぶたの裏側で薄いグレースケールのように霞んでいるわ。

 彼女は私が同性愛者であることを知らないの。
 私が周囲にカミングアウトしたのは高校に入ってからで、それまでは必死に異性愛者を演じていたわ。
 多感な時期に愛の話は刺激が強いのよ。
 ましてや同性愛のことなんて遠い異国のおとぎ話で、異性愛で溢れた平和な世界を脅かす同性愛者は、自分たちの小さな世界を崩壊させる悪魔のような存在だったわ。
 聡明で美しい彼女の友人でありたかったの。だから嘘を嘘で塗り固めた。

 クラスの男の子に片思いをしていた彼女と話を合わせるために、私も架空の"好きな女の子"を作り上げたわ。
 好きな人を見てるだけで幸せだよね、でも付き合えたら最高だよね、いっそ告白しちゃおうか、もっと積極的になったほうがいいよね。
 平然と嘘をつき続けることに罪悪感はなかったわ。彼女の一番の理解者は間違いなく私だったから。
 彼女が片思いをしていた男性は、私の本当の片思いの相手だったの。

 今、こうしてオカマ言葉で品のない話をしている私を見たら、彼女はどう思うのかしらね。昔のようにくしゃっとした笑顔を、愛らしい八重歯を見せてくれるのかしら。
 その答えも分からないまま、終業のチャイムが鳴ってしまった。

 葬儀には当時の同級生が多く参列していて、さながら同窓会のようだったわ。
 こんな形での久々の再会を喜んでいいやら悲しんでいいやらで、どの感情も表に出せず、誰もがそのこわばった表情にいっそう影を落としていたわ。
 旧友とぎこちない挨拶を交わすたび、思い出が次々と心臓や肺を伝って、頭の片隅で風化していた情景に少しずつ血を通わせる。
 祭壇の中央に飾られた遺影には、当時の面影の残る彼女がいたわ。
 手を合わせて目を瞑ると、くしゃっとした幸せそうな笑顔で、あのときの彼の話を、大好きな恋人の話をする彼女の姿が鮮明に蘇ったわ。

 この十数年間、彼女は看護師として多くの人の命を救ってきたそうよ。
 自らが病床に伏したとき、彼女は自身の人生をどのように俯瞰していたのかしらね。
 幾重にも連なった喜怒哀楽が、今の彼女を作っている。
 棺の中で眠っているのは、すでに私が知っている彼女ではない。そして彼女はゲイである私を知らない。
 私たちはもう、他人同士なのね。
 最後にもう一度だけ会いたいと思ったわ。すべての嘘を謝りたかった。そのとき、はじめて本当の友達になれる気がする。

 葬儀を終えて斎場を出ると、肩を落として家路に着く人たちの背中が見えたわ。
 突き抜けた空の青と、立ちのぼる入道雲の白に似合わない、喪服の黒が陽炎の中で揺れていた。
 海原に落ちた灰のような、スカーフに落ちた雨粒のような影だった。


 

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